スーパーからイカが消えつつあります。サンマは高級魚になりました。日本の魚が減り続けているのは、乱獲を止めるはずの制度が実際には機能していないからです。その制度の名前は漁獲枠、専門的にはTAC(漁獲可能量)と呼ばれています。
📋 この記事のポイント
- MSYは資源を減らさず漁獲できる理論上の上限値
- ABCはMSYをもとに科学者が算出する実務的な上限
- TACはABC以下に設定されるべき年間漁獲枠
- 日本ではTACがABCどころかMSYすら超えるケースがある
- サンマは科学的推奨値の3倍以上のTACが設定されていた
- 「枠に達したら増枠」という運用が常態化している
MSY・ABC・TACの関係
日本の漁業資源管理を理解するには、MSY・ABC・TACという3つの数値の関係を押さえておく必要があります。これらは「漁獲の上限」を決めるための概念で、MSY≧ABC≧TACという順番で設定されることが原則です。
MSY(最大持続生産量)は、資源を長期的に維持しながら獲ることのできる理論上の最大値です。魚が自然に増える量の上限であり、科学的な資源動態モデルから算出されます。
ABC(生物学的許容漁獲量)は、MSYをもとに科学者が現実の資源状況を加味して算出する実務的な上限です。MSYはあくまで理論値であるため、資源の現状・変動リスク・調査データの不確実性などを考慮し、MSYと同等かそれ以下に設定されます。
TAC(漁獲可能量)は、ABCをもとに国が定める年間の漁獲枠です。産業への影響・国際的取り決め・食料確保の観点から社会的な調整を加えたうえで設定されますが、ABCを超えてはならないとされています。つまり「MSY≧ABC≧TAC」が原則です。
それぞれの役割と効果
MSYの役割:資源が持続的に維持される漁獲の上限を科学的に示すこと
MSYの効果:この数値を超えなければ資源は維持され、将来にわたって漁業が可能になる
ABCの役割:MSYを現実の資源状況に落とし込み、科学者が算出する実務的な上限
ABCの効果:理論値であるMSYに不確実性への安全余裕を加え、より現実的な漁獲上限を示す
TACの役割:ABCをもとに国が定める年間漁獲枠。これが実際の漁業を制限する
TACの効果:枠に達した時点で漁を止めることで、科学的に算出された上限を物理的に超えない
この3段階の仕組みが正しく機能すれば、資源は維持・回復します。問題は、この「MSY≧ABC≧TAC」という原則が守られているかどうかです。
世界ではどう機能しているか
世界の漁業先進国では、この3段階の原則が厳格に守られています。まず独立した研究機関がMSYを算出し、科学者がABCを設定し、政府はABCを超えないようTACを決定します。そしてTACに達した時点で操業を停止させます。
ノルウェーがその代表例です。漁船ごとに個別割当(IVQ)方式を採用し、各漁船に「あなたは年間○○トンまで」という明確な上限を設定します。結果として、ノルウェーのサバ漁業ではTAC消化率が平均約101%となっており、設定された枠ギリギリまで漁獲し、かつそれを超えないという理想的な状態が実現されています。
アイスランド・ニュージーランド・韓国・デンマークなどでも同様の仕組みが機能しています。これらの国に共通するのは、政治的判断ではなく科学的根拠がTACの基準になっているという点です。
科学的資源管理はもはや世界標準であり、ペルー・チリ・南アフリカ・ナミビアといった新興国も積極的に導入しています。「科学的な数字に基づいてルールを作り、守る」という原則を実践しているかどうかが、資源管理の成否を分けています。
日本はできているのか
日本にもTAC制度は存在します。漁業法上も「TACはABCの範囲内で定める」と明記されており、制度の枠組みとしては世界標準と同じです。しかし運用の実態はまったく異なります。
サンマの事例:
科学者が「7.3万トンが適正」と算出しているにもかかわらず、2024年のTACは22.5万トンと科学的推奨値の約3倍以上に設定されていました。2019年の実際の漁獲量は4万トン前後の大不漁だったにもかかわらず、TACは26万トンという水準が設定され続けました。ABCどころかMSYすら完全に無視した数値です。
スルメイカの事例:
2025年TACは当初1万9200トンで設定されましたが、豊漁を理由に期中に2度増枠され、最終的に2万7600トンに拡大されました。専門家からは科学的根拠が不十分との批判が出たにもかかわらず、政治判断が優先されました。2026年度のTACはさらに6万8400トンと、前年当初比3.6倍に跳ね上がっています。
なぜこうなるのでしょうか。日本のTACは、科学的に算出されたABCではなく、漁業者の経営状況・過去の漁獲実績・政治的圧力を考慮して設定される構造になっています。本来「MSY≧ABC≧TAC」であるべきところが、「TAC≧ABC≧MSY」という逆転が起きています。
また、日本のTAC消化率の低さも問題を示しています。日本のサバ類の消化率は平均61%、サンマは43%です。漁業者が限界まで漁獲しても枠の半分にも達しない。それほど実態とかけ離れた枠が設定されているということです。これはTACが資源保護として機能していないことを示しています。
さらに「枠に達したら増枠する」という期中増枠が常態化している点も深刻です。本来TACは科学的根拠に基づき年度当初に決定され、年度中は変更されないことが原則です。好漁を理由に枠を引き上げることは、TACという制度の根拠を自ら否定する行為です。
結論
MSY・ABC・TACという3段階の仕組みは、科学的根拠に基づいて漁獲の上限を決め、資源を守るために設計されています。世界各国はこの原則を厳格に守ることで資源を維持・回復させています。
日本には同じ制度が存在しますが、「MSY≧ABC≧TAC」という原則が守られていません。TACがABCを超え、さらにはMSYをも上回るケースが存在し、好漁時には増枠が繰り返され、漁業生産量は毎年過去最低を更新しています。制度があることと、制度が機能していることはまったく別の話です。
必要なのは新しい仕組みではありません。すでにある制度の中で「MSY≧ABC≧TAC」という原則を実際に守り、TACに達したら確実に停止する——それだけのことです。世界が実践しているこの原則を徹底すれば、日本の水産資源も回復への道を歩み始めることができます。
出典
- 水産庁「資源管理の部屋」
- 水産庁「TAC管理の意義・効果について」
- 水産庁「令和2年度 水産白書 我が国の資源管理」
- FAO "The State of World Fisheries and Aquaculture 2024"
- OECD "Review of Fisheries 2025"
- 日本経済新聞「25年のスルメイカ漁獲枠を3割拡大」(2025年9月)
- ABAニュース「スルメイカ漁 2026年度大幅増枠へ TAC6万8400t承認」(2026年2月)
- 魚が消えていく本当の理由「TAC(漁獲可能量)制度を知る」(2019年)
- WWFジャパン「北太平洋漁業委員会2021閉幕」(2021年)
※本記事は信頼できる一次資料をもとに調査・構成され、2026年にClaudeのサポートによって作成されました。
それではまた。










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