こんにちは。Johnです。

日本の水産資源が減少する中で、「天然が減れば養殖で補えばよい」という意見がしばしば聞かれます。
しかし、この考え方は天然資源と養殖の関係、水産業の構造、そして日本の放流事業の実態を理解していない誤った認識に基づいています。
本稿では、世界の天然水揚げがなぜ横ばいに見えるのかを一次資料の数値から示し、そこから浮かび上がる本質的な問題を整理します。
要約
世界の天然漁業の水揚げは、1990年代から現在まで約9,000万〜9,500万トンの水準で安定しています。
FAOの2022年統計では9,230万トンであり、30年以上にわたりほとんど変化がありません。
これは資源が豊富だからではなく、各国が厳しい漁獲枠や個別割当、産卵期禁漁、海域閉鎖などを通じて、資源量に応じた漁獲が法的に強制されているためです。
管理があるから横ばいが維持されているのであり、取り放題のまま放置すれば必ず減っていきます。
漁業先進国では、資源量の変動に合わせて漁獲を自動的に抑制する仕組みが確立しています。
科学調査に基づき、資源が減れば漁獲枠が縮小し、増えれば許容量が拡大するという循環が制度として機能しているため、無理なく資源を維持できます。
漁獲枠(TAC)や個別割当(ITQ)、禁漁区や産卵期保護といった規制が、「守らなければ捕れない」という当たり前の仕組みとして定着しているのが日本を除いた世界の常識です。
横ばいは偶然ではなく、管理の積み重ねによる必然です。
ここで重要なのは、世界が1980年代〜90年代の時点で既に資源管理を強化していたのに対し、日本はまったく逆の方向へ進んでいたことです。
欧米やニュージーランドでは、科学的評価に基づくTAC制度やITQ、禁漁区、産卵期保護が整備され、資源管理は「やるかやらないか」ではなく「やっていて当然」の段階に入っていました。
一方の日本では、資源が減るたびに温暖化のせい、クジラのせい、中国の乱獲のせいと責任を外部に押しつけ、肝心の「自分たちが獲りすぎている」という現実と向き合ってきませんでした。
度重なる日本の乱獲により、1980年代には1200万トンあった水揚げは、現在363万トンまで激減しています。
問題を直視せず、根拠のない言い訳ばかりが繰り返され、資源管理の議論すら進まない時期が長く続きました。
(2025年時点でも、事実を認めようとしない責任転嫁思想が根強く残っています。)
その結果、資源が減っても「天然がダメなら養殖すれば良い」といった短絡的な意見が生まれ、資源管理の重要性が国全体で共有されないまま今日に至っています。
世界では当たり前に行われている資源管理が、日本ではいまだに特別なこととして扱われていること自体が、最大の問題と言えます。

「天然が減れば養殖で補えばよい」という議論は、水産業の構造を見誤っています。
天然魚は海が勝手に育てるため育成コストがゼロですが、養殖魚は餌代、人件費、電気代、生簀や設備の維持費、疾病対策など、多くのコストを必要とする工業的な生産です。
さらに、サーモンやブリ、マダイなどの主要な養殖魚は、餌として大量の魚粉・魚油を必要とし、その原料は天然のイワシやサバに依存しています。
天然資源が弱れば餌が高騰し、養殖の採算は急速に悪化します。
したがって養殖は、天然資源の代替ではありません。
天然資源が健全であるほど効率的に成り立つ「補助的な生産」にすぎず、天然を壊してまで養殖を増やすという発想は、構造的に破綻しています。
養殖は環境に優しいというイメージがありますが、実際には周辺生態系に影響を与える場合があります。
真珠業者や牡蠣生産者は、養殖魚の餌の残渣や抗生物質が海底に蓄積し、水質が悪化することで真珠貝や牡蠣の生育不良が起きていると指摘しています。
特に閉鎖性の強い湾内では富栄養化が進みやすく、赤潮の発生リスクが高まる例もあります。
養殖には見えにくい環境コストが存在し、規模や場所によっては他の漁業を圧迫する一因にもなっています。
資源増殖を目的とした放流事業の中でも、北海道のサケ放流は典型的な問題例です。
北海道のほとんどの河川では、鮭の遡上を人為的に阻止し、網で掬って卵と精子を回収し、それらを人の手で育ててから川に戻しています。
長年にわたり多額の補助金が投入されているにもかかわらず、サケの回帰率は低下し続け、資源回復にはつながっていません。
それでも事業が継続しているのは、放流そのものが地域経済の一部になり、目的が逆転してしまっているためです。
鮭資源を増やすための組織ではなく、補助金を得て資源を減らす組織と化しています。
本来サケは、川で産卵できる環境さえ整っていれば自然繁殖によって資源を維持できる魚です。
しかし放流偏重の体制によって自然産卵が十分に確保されず、本来の再生産力が発揮できない状態が続いています。
問題の核心は「人間によって自然繁殖が阻害されていること」であり、必要なのは放流の継続ではなく、川に戻る親魚と産卵環境を確保する方向へ管理そのものを切り替えることです。
人工的に増やすという発想が、本来の自然の仕組みを押しつぶし、結果として資源を減少させています。
天然資源は、自然が持つ圧倒的な再生産力の上に成り立っています。
養殖は天然が健全であるほど成り立ち、放流事業も自然の回復力を損なえば効果を失います。
天然が弱れば、養殖も放流も同時に崩れていく構造は変わりません。
本当に必要なのは、対症療法としての代替手段に逃げることではなく、日本の海の生産力そのものを回復させることです。
天然資源を科学的に管理し、自然が自ら回復できる環境を整えることこそ、水産業を未来へ残す唯一の道です。
誤った方向へ進めば衰退は避けられない一方で、正しく向き合えば海は必ず応えてくれます。
未来を決めるのは、私たち日本人の選択です。
それではまた。






日本の水産資源が減少する中で、「天然が減れば養殖で補えばよい」という意見がしばしば聞かれます。
しかし、この考え方は天然資源と養殖の関係、水産業の構造、そして日本の放流事業の実態を理解していない誤った認識に基づいています。
本稿では、世界の天然水揚げがなぜ横ばいに見えるのかを一次資料の数値から示し、そこから浮かび上がる本質的な問題を整理します。
要約
- 世界の天然水揚げ(捕獲漁業)は1990年代以降ずっと約9,000万〜9,500万トンで横ばいである。
- この横ばいは資源が豊富だからではなく、欧米やニュージーランドが1980〜90年代から厳しい資源管理を続けてきた結果である。
- 日本は温暖化やクジラ、中国の乱獲などに責任を転嫁し、自国の漁獲圧と管理不足に正面から向き合ってこなかった。
- 「天然がダメなら養殖すればよい」「放流すれば増える」という発想は、水産業の構造を理解していない危険な考え方である。
- 本当に必要なのは、養殖や放流に逃げることではなく、天然資源を科学的に管理し、自然産卵による再生産力を取り戻すことである。
目次
- 天然水揚げが「横ばい」である事実
- 世界で天然水揚げが横ばいに維持されている理由
- 日本が資源管理を怠ってきた現実
- 養殖は“天然の代替”ではなく“天然の上に成り立つ補助”
- 養殖が周辺生態系に与える負荷
- 北海道のサケ放流にみる「自然への過度な介入」の問題
- 結論:私たちが守るべきは「海そのもの」であり、代替手段ではない
天然水揚げが「横ばい」である事実
世界の天然漁業の水揚げは、1990年代から現在まで約9,000万〜9,500万トンの水準で安定しています。FAOの2022年統計では9,230万トンであり、30年以上にわたりほとんど変化がありません。
これは資源が豊富だからではなく、各国が厳しい漁獲枠や個別割当、産卵期禁漁、海域閉鎖などを通じて、資源量に応じた漁獲が法的に強制されているためです。
管理があるから横ばいが維持されているのであり、取り放題のまま放置すれば必ず減っていきます。
世界で天然水揚げが横ばいに維持されている理由
漁業先進国では、資源量の変動に合わせて漁獲を自動的に抑制する仕組みが確立しています。科学調査に基づき、資源が減れば漁獲枠が縮小し、増えれば許容量が拡大するという循環が制度として機能しているため、無理なく資源を維持できます。
漁獲枠(TAC)や個別割当(ITQ)、禁漁区や産卵期保護といった規制が、「守らなければ捕れない」という当たり前の仕組みとして定着しているのが日本を除いた世界の常識です。
横ばいは偶然ではなく、管理の積み重ねによる必然です。
日本が資源管理を怠ってきた現実
ここで重要なのは、世界が1980年代〜90年代の時点で既に資源管理を強化していたのに対し、日本はまったく逆の方向へ進んでいたことです。
欧米やニュージーランドでは、科学的評価に基づくTAC制度やITQ、禁漁区、産卵期保護が整備され、資源管理は「やるかやらないか」ではなく「やっていて当然」の段階に入っていました。
一方の日本では、資源が減るたびに温暖化のせい、クジラのせい、中国の乱獲のせいと責任を外部に押しつけ、肝心の「自分たちが獲りすぎている」という現実と向き合ってきませんでした。
度重なる日本の乱獲により、1980年代には1200万トンあった水揚げは、現在363万トンまで激減しています。
問題を直視せず、根拠のない言い訳ばかりが繰り返され、資源管理の議論すら進まない時期が長く続きました。
(2025年時点でも、事実を認めようとしない責任転嫁思想が根強く残っています。)
その結果、資源が減っても「天然がダメなら養殖すれば良い」といった短絡的な意見が生まれ、資源管理の重要性が国全体で共有されないまま今日に至っています。
世界では当たり前に行われている資源管理が、日本ではいまだに特別なこととして扱われていること自体が、最大の問題と言えます。
養殖は“天然の代替”ではなく“天然の上に成り立つ補助”

「天然が減れば養殖で補えばよい」という議論は、水産業の構造を見誤っています。
天然魚は海が勝手に育てるため育成コストがゼロですが、養殖魚は餌代、人件費、電気代、生簀や設備の維持費、疾病対策など、多くのコストを必要とする工業的な生産です。
さらに、サーモンやブリ、マダイなどの主要な養殖魚は、餌として大量の魚粉・魚油を必要とし、その原料は天然のイワシやサバに依存しています。
天然資源が弱れば餌が高騰し、養殖の採算は急速に悪化します。
したがって養殖は、天然資源の代替ではありません。
天然資源が健全であるほど効率的に成り立つ「補助的な生産」にすぎず、天然を壊してまで養殖を増やすという発想は、構造的に破綻しています。
養殖が周辺生態系に与える負荷
養殖は環境に優しいというイメージがありますが、実際には周辺生態系に影響を与える場合があります。真珠業者や牡蠣生産者は、養殖魚の餌の残渣や抗生物質が海底に蓄積し、水質が悪化することで真珠貝や牡蠣の生育不良が起きていると指摘しています。
特に閉鎖性の強い湾内では富栄養化が進みやすく、赤潮の発生リスクが高まる例もあります。
養殖には見えにくい環境コストが存在し、規模や場所によっては他の漁業を圧迫する一因にもなっています。
北海道のサケ放流にみる「自然への過度な介入」の問題
資源増殖を目的とした放流事業の中でも、北海道のサケ放流は典型的な問題例です。北海道のほとんどの河川では、鮭の遡上を人為的に阻止し、網で掬って卵と精子を回収し、それらを人の手で育ててから川に戻しています。
長年にわたり多額の補助金が投入されているにもかかわらず、サケの回帰率は低下し続け、資源回復にはつながっていません。
それでも事業が継続しているのは、放流そのものが地域経済の一部になり、目的が逆転してしまっているためです。
鮭資源を増やすための組織ではなく、補助金を得て資源を減らす組織と化しています。
本来サケは、川で産卵できる環境さえ整っていれば自然繁殖によって資源を維持できる魚です。
しかし放流偏重の体制によって自然産卵が十分に確保されず、本来の再生産力が発揮できない状態が続いています。
問題の核心は「人間によって自然繁殖が阻害されていること」であり、必要なのは放流の継続ではなく、川に戻る親魚と産卵環境を確保する方向へ管理そのものを切り替えることです。
人工的に増やすという発想が、本来の自然の仕組みを押しつぶし、結果として資源を減少させています。
私たちが守るべきは「海そのもの」
天然資源は、自然が持つ圧倒的な再生産力の上に成り立っています。養殖は天然が健全であるほど成り立ち、放流事業も自然の回復力を損なえば効果を失います。
天然が弱れば、養殖も放流も同時に崩れていく構造は変わりません。
本当に必要なのは、対症療法としての代替手段に逃げることではなく、日本の海の生産力そのものを回復させることです。
天然資源を科学的に管理し、自然が自ら回復できる環境を整えることこそ、水産業を未来へ残す唯一の道です。
誤った方向へ進めば衰退は避けられない一方で、正しく向き合えば海は必ず応えてくれます。
未来を決めるのは、私たち日本人の選択です。
出典
- FAO, The State of World Fisheries and Aquaculture 2024(世界の捕獲漁業生産量・統計)
- OECD-FAO, Agricultural Outlook 2023–2032(水産物セクターの長期見通しと生産量推計)
- IFFO(International Fishmeal and Fish Oil Organisation)各種レポート(養殖用魚粉・魚油の利用実態)
- 水産庁『我が国周辺水域の漁業資源評価』各年版(日本近海の主要魚種の資源評価と管理状況)
- 北海道立総合研究機構(水産研究本部)によるサケ回帰率・放流効果に関する報告資料
- MSC(Marine Stewardship Council)漁業認証基準およびサケ類に関するガイダンス(自然産卵・放流に関する考え方)
- 真珠養殖・貝類養殖海域における水質・有機物負荷等に関する国内研究論文および行政報告書
それではまた。


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