こんにちは。Johnです。

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多くの記事は「野山の開発」や「餌不足」などでクマの出没を説明しています。

しかし、問題の根本はもっと深いところにあります。

それは、かつて日本に存在した捕食者──オオカミの絶滅と、その後に起きた生態系の崩壊です。

本記事では、他ではあまり語られないこの本質的な背景に焦点を当て、現代のクマ出没問題を根底から見つめ直します。



目次

  1. 捕食者としてのオオカミ──失われたキーストーン
  2. 絶滅の経緯──人間が「邪魔者」として根絶
  3. オオカミの喪失がもたらしたもの
  4. 野犬という“代役”──一時的な抑止力
  5. 結果──クマが無警戒に人里へ
  6. クマの駆除と絶滅──短期と長期のバランスを考える
  7. すべての原因は人間にあります
  8. 過ちを繰り返さないために
  9. 参考文献・出典



捕食者としてのオオカミ──失われたキーストーン

かつて北海道には「エゾオオカミ」、本州以南には「ニホンオオカミ」が生息していました。

彼らはヒグマの子どもや、過剰に増えたシカなどの草食動物を捕食する頂点捕食者であり、自然のバランスを保つ「キーストーン種(要石種)」でもありました。

キーストーン種とは、生態系の中で他の種に比べてはるかに大きな影響を持つ生き物のことを指します。

たとえば、アメリカ西海岸沿岸に生息するラッコは、可愛らしい見た目とは裏腹に、生態系全体のバランスを支える重要な存在です。

ラッコは主にウニを捕食します。

もしラッコがいなくなると、天敵を失ったウニが爆発的に増殖し、海底の昆布(ケルプ)の根元を食い荒らしてしまいます。

海藻が消えると、そこに隠れて暮らしていた小魚や甲殻類、軟体動物など、さまざまな生き物たちが棲家を失い、やがて海の生態系全体が貧しくなっていきます。

私たちがよく目にする「ラッコが海藻を体に巻き付けてぷかぷかと浮かんで眠る姿」は、実はラッコがいるからこそ実現している光景です。

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ラッコがいなくなれば、あれほど豊かだったケルプの森はやがて姿を消し、あの穏やかな風景が綺麗さっぱり失われてしまいます。

このように、一つのキーストーン種がいなくなることで、生態系の構造そのものが崩れてしまうのです。

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絶滅の経緯──人間が「邪魔者」として根絶

明治期、日本政府は畜産業の発展を優先し、オオカミを“家畜を襲う害獣”として組織的に駆除しました。

特に1870年代以降、西洋から導入された毒物ストリキニーネを用いた大規模な毒餌駆除が展開され、短期間で日本列島からオオカミは姿を消しました。

  • ニホンオオカミ:1905年、奈良県で最後の個体が捕獲され、絶滅したとされています。
  • エゾオオカミ:明治末期までに消えたとされますが、最後の確実な記録は1889年に北海道・十勝で捕獲された個体とされています。



オオカミの喪失がもたらしたもの

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オオカミがいなくなったことで、野生動物は「恐れる相手」を失いました。

動物たちは捕食者の存在によって行動を制限されます。

オオカミがいた頃の森では、草食動物は広範囲を自由に移動せず、身を隠して怯えながら暮らしていました。

ヒグマの親子もまた、人里に近づくリスクを避けていたと考えられます。

しかし、頂点捕食者がいなくなったことで、
  • シカやイノシシが異常繁殖し、
  • クマの行動範囲が拡大して警戒心が薄れ、
  • 昼間でも人里に出没し、餌を求める個体が増える
といった連鎖的な変化が進みました。
これは生態学で「ランドスケープ・オブ・フィア(landscape of fear)」と呼ばれる現象で、捕食者の存在が、獲物の行動や分布に大きな影響を与えることを意味します。



野犬という“代役”──一時的な抑止力

オオカミが姿を消した後、一部の地域では野犬(野生化したイヌ)がその代役を果たすことがありました。

人間に捨てられた犬が山中で群れを作り、時にはシカやイノシシの子どもを襲うこともあったとされています。

また、野犬はヒグマに対しても一定の抑止力を持っていたと考えられます。

クマが里に降りてきた際に、野犬の群れが吠えたり威嚇することで、クマがその地域に近づきにくくなる「空間的排除効果」が働いていたのです。

しかし野犬もまた「害獣」とされ、行政によって徹底的に駆除されました。

昭和後期以降、野犬はほとんど姿を消しています。

こうしてオオカミも野犬もいなくなった現代の日本の山には、クマや他の野生動物を恐れさせる存在が完全にいなくなってしまいました。



結果──クマが無警戒に人里へ

本来、ヒグマは非常に警戒心が強く、人間の生活圏に近づくのはリスクの高い行動です。

しかし、オオカミも野犬もおらず、さらに山の奥にたくさんあったサケやブナの実などの食料源も人間の活動によって減少した現代では、

  • 人間のゴミ
  • 放置された果樹
  • 管理されていない畑や空き家
などがクマにとって「手軽で安全な餌場」となり、クマが学習によって何度も人里に現れるようになっています。

こうして、かつては数年に一度だったはずの「人身事故」が、いまや毎年のように発生するようになってしまいました。



クマの駆除と絶滅──短期と長期のバランスを考える

人を襲ったクマを駆除することは、やむを得ない措置であり、命を守るためには必要な行動です。

しかし、「すべてのクマを絶滅させるべきだ」といった主張には、生態系全体を見渡す視点が欠けています。

もしクマを本当に絶滅させてしまえば、山の生態系でクマが果たしていた役割──死肉の処理、種子の散布、他の動物との競争関係など──が失われ、オオカミ絶滅とは別の新たなバランス崩壊を引き起こす可能性があります。



すべての原因は人間にあります

オオカミを絶滅させたのも、野犬を駆除したのも、山を宅地や道路に変えてきたのも、私たち人間です。

また、クマの行動範囲に入り込んで餌を与えたり、果樹園やゴミを放置したりすることで、クマを人間の食べ物に慣れさせたのも私たちです。

「人を襲ったクマをどうするか」という問題だけでなく、「なぜクマが人の近くまで来るようになったのか」「その背景には何があるのか」を考えることこそが、いま本当に必要とされている視点なのではないでしょうか。



過ちを繰り返さないために

私たちはこれまで、人間にとって都合が悪い生き物を駆逐し続けてきました。

オオカミも、野犬も、そして今度はクマさえも「いなくなれば安全だ」と考え、そのたびに生態系のバランスを崩し、その軽率な行動がめぐりめぐって人間自身に跳ね返ってきたのです。

今は令和7年。

科学的知見が進み、情報は誰でも手に入れられる時代です。

何も知らずに自然を壊してしまった100年前とは違います。

これからは、自然の仕組みを学び、知識を身につけたうえで、二度と同じ過ちを繰り返さないようにしなければなりません。

私たち一人ひとりが、生き物と共にある社会のあり方を、改めて考えていく必要があります。




参考文献・出典

  • 日本哺乳類学会(2009)『ニホンオオカミの絶滅とその生態』
  • Estes, J.A. et al. (2011) “Trophic Downgrading of Planet Earth,” Science, Vol. 333.
  • Douglas W. Smith et al. (2003) “Yellowstone After Wolves,” BioScience, Vol. 53.
  • 北海道大学 北方生物圏フィールド科学センター
  • 北海道庁 ヒグマ対策室(https://www.pref.hokkaido.lg.jp/
  • 環境省『自然環境保全基礎調査報告書』

この記事は、筆者が自らの問題意識をもとに構成と考察を行い、ChatGPTの協力により文献整理と文章構成の支援を受けて執筆しました。
自然との向き合い方を、感情ではなく知識と理解に基づいて見直すきっかけになれば幸いです。




↑サケの遡上を妨害したらヒグマ出没が増えた話。


↑オオカミの役割についてはこちら。



それではまた。





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